「じゃ、明日はここ集合な」
「俺らは朝からやることあっから、先行っててくれ」

簡素すぎる地図に描かれた洞窟を指差して、千空とクロムは足早に去っていった。まだすることが山ほどあるんだろう。
こんなにも忙しい人達にまさか「それどこですか?」と聞けるはずもなく、私は地図の前に立ち尽くすのみである。
現地集合。実に恐ろしい言葉だ。石化から復活しても私の方向音痴は治らなかった。

「ねえねえ」

地図とにらめっこしてる私に声をかけたのはゲンだった。
そうだ、ゲンがいた。彼も明日の探索メンバーに含まれているのだから、交渉できるかもしれない。
迷うので一人じゃ行けませんなんてとても言えないけど。

「「明日なんだけど」」

出だしが被ってしまった。
しかし、お先にどうぞ?とわざとらしく紳士的な振る舞いでゲンは発言権を私に譲ってくれた。

「あ、明日良かったら一緒に行かない?千空もクロムも後から来るって言うし」
「うん良いよ〜」

勇気を出してお願いしたら、あっさりオーケーをもらってしまった。でもこれで助かった。

「ゲンも忙しいのに申し訳ないけど、よろしくお願いします」

ゲンが深夜や早朝一人の時間に色々と準備をしていることは、分かっている。
それを考えると悪いような気がするけれどこちらも背に腹はかえられない、というやつだ。

「いやいや寧ろラッキー。俺も一緒に行こって言おうと思ってたんだよね」

手元の地図に、ゲンの指がすっと伸びてきた。

「そしたら朝ここで待ち合わせにしよ」
「ん、了解です」

良かった。これで迷わないで済む。
それにしても探索にゲンや私を連れていくなんて、余程人手が不足しているに違いない。
今日は早く寝て明日に備えなければ。

「それにしてもこんな世界で待ち合わせって新鮮だよね、 なんかドキドキしちゃわない?」
「そんな遠足じゃないんだから」

きっと私たちは次の日筋肉痛になるくらい千空にこき使われるに違いないのだ。

「俺もドイヒー作業が待ってるのは分かってるけども……だからこそ着くまでの楽しみくらい作っておきたいじゃない?」
「なるほど」

なんならお弁当でも持っていくか?と思ったところでおにぎりも作れなければサンドイッチの具もロクにないことに気が付いた。無念である。

「それに俺と行けば迷子にならないで済むもんね、名前ちゃん」
「なっ、なんでそれを!」
「いやバレてないと思ってる方がゴイスーなんだけど……」

バレているということは、私が迷うのを分かったうえでゲンは一緒に行こうと声をかけてくれたということだ。
ますます頭が上がらない。

「うう、すみません……今度コーラでもなんでも奢りますんで」
「いやー売っとくもんだね、親切は」
「助かりますほんと」
「んーーでもコーラだけかぁ」

ゲンはコーラと聞いて目を輝かせたように見えたがそれもつかの間で、今は何かを思案しているようだった。

「い、良いよ、私に用意できるものなら」
「ジーマーで?そしたら、もう一回待ち合わせしよ」
「……どゆこと?」
「待ち合わせして、そのあと二人で話したりなんか食べたりのんびりしようよってこと」

ゲンは笑っているが、本当にそんなことで良いんだろうか。しかも私と?なんだかそれって、

「ただのデートみたい」

言ったそばから後悔した。彼からしたらちょっとした息抜きに付き合ってよ程度の意味合いかもしれないのに、一人でちょっとどころかかなりドキドキしてしまった。
ゲンが「待ち合わせってドキドキしちゃうね」とか変なことを言うからだ。

「みたいじゃなくてれっきとしたデートのつもりなんだけど、俺は」

どうやら私は本当に目の前の男の子にデートを申し込まれているらしい。
途端に熱くなりだした頬をつねっても叩いてみても、何も変わらない。

「今急いで決めなくても良いよ。明日また会えるし」

うまいことその気にさせられつつある私を、ゲンは面白そうに眺めている。
急な展開にまだ頭も心も追い付かないけれど、明日はとにかく早起きしてゲンより先に待ち合わせ場所に着いてやろうとだけ誓った。



2020.8.15


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